あなご竹輪誕生物語 ~eps1〜

創業時から竹輪づくり


出野水産は大正12年に出野しんたろうが創業し、今年で94年目を迎えます。

あなご竹輪を発売する以前からも、広島・草津で竹輪づくりを生業としていました。

今日はあなご竹輪を販売する以前のお話を。

(左 出野保/先先代社長 右 出野昭子/現会長)

昭和後期、当時の出野水産は問屋さんへ卸す竹輪づくりを生業の大きな柱とさせていただいておりました。

(この当時は出野商店という名でした。その後出野水産へ)

(配達の車もこの時はこの1台のみで、当時の工場は広島市草津浜町にあり、住み込みの従業員さん達と一緒に数名で仕事を行っていました。)

当時はすり身もないものですから、幼い子供を背負って朝の3時ごろに市場へ魚を仕入れに行くところからスタートです。

それを昼までかけて、すり身にして、それから成形し炭で焼いて、夕方から出荷する日々でした。

竹輪づくりも全て手作業で、炭火で竹輪を一本一本焼くものですから、全身灰もぐれの真っ黒になっていたと聞きます。

当然全行程手作業ですので、生産数も一日数百本と限られ、繁忙期の正月前は言葉通り寝る間もなく働きづめの日々だったそうです。

 

  • にほんブログ村 通販ブログへ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)