あなご竹輪 宮島名物 いずの水産 

広島風お好み焼き、かきはもとより、魚、酒、菓子と広島には数々の美味があり、季節ごとに魅せる美しい風景やそれを愉しむ行事、イベントなどが多数あります。「広島・宮島 味と街めぐり」では、広島の魅力をあますところなくご紹介していきます。
■お好み焼
「お好み焼き」のルーツを探ると、昭和初期から戦後の食文化の歴史が垣間見えてきます。当時のお好み焼は、小麦粉を水で溶いて焼き、単に味付けしただけのものでしたが、のちに食べる人の好みによって、豚や卵など「お好み」でさまざまな具を入れるようになりました。それが「お好み焼」の語源であると言われています。戦後、食糧事情が悪かった頃、一銭洋食として広まり、お好み焼と言っても現在のようなものではなく、ねぎ焼に近い形のものでしたが、試行錯誤を重ねて昭和30年頃に今の広島風お好み焼きとなっていきます。昭和40年代頃までは、野菜とそばだけ、あるいは野菜だけも珍しくはないものでした。この頃、野菜だけのお好み焼の値段は250円程度。戦後の食料事情、季節により供給量が左右
されるねぎを、単価が安く年間通して手に入りやすいキャベツに変え、後年、もやしを入れるようになります。広島風お好み焼きも、最初はウスターソースを使用していました。しかし、関西のまぜ焼きと違い、重ね焼きである広島風はソースの味を濃くする必要があり、そのため地元のソース会社とお好み焼店が協力しながらお好み焼に合うソースを開発。甘みを増したり、とろみを付けたりしながら、現在のお好みソースに発展していきます。焼き手、それを食べる消費者、そしてその味をきめるソース作りまで、いわば広島風お好み焼は、広島人がつくりあげた広島の味なのです。
   
戦後すぐのお好み村の様子   現在のお好み村
         
■一銭洋食
一銭洋食は大正時代、関西にて水で溶いた小麦粉を焼いて、刻みねぎなど乗せて焼いた物に、
ソースをかけた物。当時は子どものおやつ程度のもので、駄菓子屋などで売り出され、大人は見向きもしないものでしたが、戦後、食糧事情の悪化に伴って、一銭洋食が大人のものとなっていきます。次第にその手軽さと安価さで庶民の味として浸透し、後にお好み焼へと進化していきました。戦後、一銭洋食は「拾円焼き」「50円焼き」「キャベツ焼き」などと銘打って店舗の軒下などで供されてきました。具材は野菜・魚粉・卵など店によってさまざまでした。

■広島のお好み焼店
広島のお好み焼き屋は、小規模で家族で焼いている店がほとんどです。2006年現在、広島市
だけで800軒以上(1992年中国新聞調べ)、県内には2000軒の店舗数があるといわれています。かきに並ぶ「広島を代表する味」で、地元の人は「肉・いか・玉2個入り」などとオーダーします。「豚肉、いか、玉子にそば玉2個入れたのをちょうだい」の意味で、広島独特の注文の仕方といってもいいでしょう。新天地みっちゃんをはじめ、広島人に愛されている老舗店のほかに、広島観光に訪れた方にも、手軽に広島風お好み焼を楽しんでもらえるお好み焼店だけを集めたテーマパークが市内に3ヵ所あります。「広島に観光に来て、お好み焼を食べてみたいけど、どこへ行ったらいいかわからない」という人には、気軽に広島の味を楽しめる場所です。
(1) (2) (3)

株式会社 出野水産
〒733-0832 広島市西区草津港1丁目10-26
TEL(082)278-1614 FAX (082)277-1555