あなご竹輪誕生物語 ~eps2〜

きっかけは突然に


昭和57年になると、草津・井口界隈の海が埋め立てられ、
広島市の埋め立て工業団地・商工センターが新しくつくられました。

 

先々代社長の出野保の
「事業を大きくして、息子たちに継がせたい」
という強い思いから、草津浜町の工場を商工センターへ移転します。

(2人の息子達 真ん中/出野守 現常務 右/出野保志 現代表取締役社長)

(草津浜町時代の工場の前で)

現在の工場も同じ商工センター内にありますが、当時の場所からもう一度移転しています。

その話はまた後程。

新工場へ移転し、息子である保志(現代表取締役社長)が修行から戻り
「さぁ皆で頑張ろう!」
と一丸となって進み始めようとした矢先に、

 

保が他界してしまいます。

 

当時保は56歳です。今考えてみても、あまりに早すぎる別れでした。
肝心かなめの父を病で失っただけでなく、
さらに追い討ちをかけるように売り上げが3分の2まで下がってしまったのです。

 

失望の底にいた保志でしたが、

「なんとしても立て直さにゃあいけん。」

と固く決意します。

 

保の遺言は
「兄弟で出野水産を守ってほしい」でした。

 

就職先の決まっていた弟の守(現常務)でしたが、この遺言から兄弟で家業を継ぐことを決めます。

 

弟である守、妻である美香、そして亡き夫の後を継ぎ女で社長へ就任した昭子。
試行錯誤の日々が始まるのでした。

あなご竹輪が完成するのは、この2年後です。

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2 thoughts on “あなご竹輪誕生物語 ~eps2〜

  1. 出野水産さまの歴史を読ませて頂いて、目頭が熱くなりました…現出野社長はじめ、ご家族さま、スタッフご一同さまを陰ながら応援しています。

    1. 土岡正人様
      いつも応援をいただき、誠にありがとうございます。
      これもひとえにいつも周りの方々に助けていただいているおかげです。
      今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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